有料来館者124,000人達成!

桜が咲いたと思ったら、もう葉桜になっていました。

皆さんの住んでいる地域の桜はいかがでしょうか?

 

さて、記念館では本日有料来館者124,000人を達成しました!

124,000人目の来館者は三重県からお越しの北後さんご夫妻。

山古志を目的に来岡され、ご主人は山古志ならアルパカがいるだろうと思っていたところ、残念ながらアルパカはまだいなかったそう。山古志にはまだ雪があり、驚いたそうです。

おらたるで大学生ボランティアからいろいろな説明を受け、とても良かったそうです。

また、ご主人は「峠」を三回も読み、『自分のなかではこちらの記念館がメインで』だそう。

前夜には市内の居酒屋で店の人と記念館のことや蒼龍窟(お酒)の話をされたそうです。

アルパカのいる季節にまた来たい、とおっしゃっていたお二人。長岡はいかがだったでしょうか?

いつかアルパカを見に来られた際は、ぜひ記念館にもお立ち寄りください!

 

2018年4月8日 | カテゴリー : お知らせ | 投稿者 : kawai01

【募集終了】平成30年度総会・講演会・懇親会を開催します

福島江の桜が見ごろを迎えています。

 

さて、河井継之助記念館友の会では、4月21日(土)に平成30年度総会・講演会・懇親会を開催します。

 

第1部

総会(午後2時~2時30分 受付は午後1時30分から)

第2部

講演会(午後2時45分~4時/予定)

演題:『長岡出身の長岡藩士がいた!?~再興長岡藩 東京藩邸の人間模様~』

講師:文書資料室 室長・田中洋史

第3部

懇親会(会員限定・会費制)

 

申し込みは16日(月)までとなっております。来館・電話・FAXのいずれかでお申込みください。

詳細はこちらをご覧ください。

募集は終了しました。

2018年4月4日 | カテゴリー : お知らせ | 投稿者 : kawai01

越後長岡 歴史館・博物館めぐりスタンプラリー【4/1~11/30】

日に日に気温が上がり、過ごしやすい季節となりました。

さて、今年も『越後長岡 歴史館・博物館めぐり スタンプラリー』が始まりました!

当館も参加しているこのスタンプラリーは、スタンプを集めて有料施設2館目から入館料割引や美味しい特産品プレゼント、市内13店舗で受けられる様々な特典など、お得がいっぱいの内容。

(プレゼント応募及び引き換えはまちなか観光プラザにて行われています)

当館リピーターの方も初めての方も、これを機にぜひご来館ください!

 

当館は年末年始以外は休まず開館しており、また土日や祝日には当館ガイドボランティアによるガイドも実施しております。

皆さんのご来館をお待ちしております!

2018年4月3日 | カテゴリー : お知らせ | 投稿者 : kawai01

開館記念・戊辰150年記念講演会

3月21日(水)、長岡グランドホテルにおいて河井継之助記念館開館記念・戊辰150年記念講演会が行われました。

講師に京都霊山歴史館副館長・木村幸比古さんをお迎えした今回の講演会は、定員の300名を上回る多くの方々にご来場いただけました。

西郷隆盛に関する映像や充実したレジュメをもとに話される内容に時折笑い声も起こり、非常に楽しく、またメモを取りながら熱心に聴き入る方もおられました。

帰り際に「面白かったよ」と事務局に声掛けして帰られる方が多かった今回の講演会。

皆さま、ぜひ事務局まで感想をお寄せください!

2018年3月31日 | カテゴリー : お知らせ | 投稿者 : kawai01

【稲川通信36】 久敬舎時代

久敬舎時代

久敬舎に鈴木虎太郎という青年がいた。継之助が再度の遊学で久敬舎に入塾した安政六年ころは十六歳であったというから、少年に近かったのだろう。
虎太郎は後年、禅に凝って刈谷無穏と名乗って、僧のような生涯を送り、明治三十二年、三重県津市で歿した。その無穏が継之助の三十三歳のころの面影を語っている。

わしの席の隣りに、眼のギロッとして三十歳前後の人がいた。どうも様子の変った人だと思って名を訊いたところ、越後の河井継之助だといった。学問にはほとんど興味がないようであった。というよりは、自己流に興味のある特別の学問に熱中している風にみうけた。

継之助は、この虎太郎に作詩を頼んだり、読書について一家言を呈している。そのたびに虎太郎は驚いたり、あきれたりしている。いわば常識に捉われない変人のように映ったらしい。
おみしゃん、面白いだけで本を読むなら、芝居か寄席にでも行くがよい、と奇妙なことを言われたこともあった。あるとき、「吉原細見」をみせて、芸娼妓の名のところに◎〇×と印があるところを説明してくれた。
「英雄の鉄腸を溶かすものをためしているのさ」と、こともなげに言う継之助を、豪傑とは、こういうのをいうのかなと思ったと述懐している。吉原の小稲のところへ通ったのは、どうも、このころのことらしい。

※写真はイメージです、久敬舎ではありません。

2018年3月5日 | カテゴリー : 稲川通信 | 投稿者 : kawai03

【募集終了】河井継之助記念館開館記念・戊辰150年特別講演会について

平成30年3月21日(水・祝)、河井継之助記念館開館記念・戊辰150年特別講演会を開催します。

↑pdfで見る

 

今回は京都霊山歴史館副館長・木村幸比古さんを講師にお迎えし、演題『大河ドラマを10倍楽しむ~西郷どん~』をご講演いただきます。

 

◆講 師:木村 幸比古 氏(京都霊山歴史館 副館長)

◎プロフィール

1948年(昭和23年生まれ)
京都出身
霊山歴史館副館長・歴史家
國學院大學卒業。
近世思想史、幕末史。

維新史の研究と博物館活動で文部大臣表彰。京都市教育功労者表彰。高知県観光特使。
NHK大河ドラマ「徳川慶喜」「新選組!」「龍馬伝」「花燃ゆ」「西郷どん」企画展示委員。
京都市大政奉還150周年記念プロジェクト学術顧問。
著書「土方歳三」(学研M文庫)、「新選組京をゆく」「新選組全史」(講談社メチェ)、「沖田総司」「龍馬暗殺の謎」「(PHP新書)、「幕末志士の手紙」(教育評論社)、「知識ゼロからの西郷隆盛入門」(幻冬舎)ほか。NHK歴史番組「知恵泉」「ヒストリア」などゲスト出演多数。

◆演 題:『大河ドラマを10倍楽しむ~西郷どん~」

◆日 時:平成30年3月21日(水・祝)

午後1時開場、1時30分開演(午後3時終了予定)

◆会 場:長岡グランドホテル 悠久の間(長岡市東坂之上町1丁目2-1)

◆定 員:300名

◆お申込みについて

河井継之助記念館事務局まで電話・FAX・来館にてお申込みください。

応募締め切り:定員になり次第締め切り

詳細はこちらをご覧ください。

募集は終了しました(3月20日)

◆注意事項

整理券の発行はしません。

当日、会場の受付にてお名前を確認させていただきます。

◆お申込み・お問い合わせ先

河井継之助記念館

長岡市長町1丁目甲1675-1

TEL:0258-30-1525

FAX:0258-30-1526

 

2018年3月1日 | カテゴリー : お知らせ | 投稿者 : kawai01

有料来館者123,000人達成!

天候不順が続いています。皆さん、外出する際には足元にお気をつけください。

 

さて、記念館では今月19日、有料来館者123,000人を達成しました。

123,000人目の来館者は北海道からお越しの千葉様、保岡様と京都府からお越しの鈴木様。

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職場がご一緒の歴史が好きなお仲間だそうです。

湯沢で3月までお仕事をされ、4月になるとそれぞれの職場に戻られるとのこと。

とても和気あいあいと楽しそうなグループでした。

また近くまでお越しの際は、是非お立ち寄りください!

2018年1月23日 | カテゴリー : お知らせ | 投稿者 : kawai03

継之助に関する番組のお知らせ

長岡は風が強く、雪の降る日が続いています。

皆さん、体調を崩さないように体調管理に気をつけてお過ごしください。

 

さて、継之助に関する番組が放送されるとのことで、お知らせさせて頂きます。

林修の『峠』王は君だ!Ⅱ~あの偉人も越後へ、新事実”発覚”~

日   時:1月13日(土)15:30~

チャンネル:UX新潟テレビ21

 

昨年度放送された『峠』王選手権に続き、今年度も開催された2回目の『峠』王選手権。

司馬遼太郎著「峠」や河井継之助ゆかりの地、北越戊辰戦争に関する県内7ルートをめぐり予選を行ったようです。

決勝戦の地は長岡城跡・アオーレ長岡。

第一回『峠王』と対峙するのは、そして決戦を制するのは誰か?

継之助ファン必見です。

そして副題の「あの偉人」とは誰なのか?

詳しくはUXホームページをご覧ください!

 

年末年始の休館日【12/29~1/3】

※河井継之助記念館 年末年始について※

 

12月28日(木)まで開館しています。

12月29日(金)~1月3日(水)まで、休館とさせていただきます。

1月4日(木)より、通常通り開館します。

 

来年もよろしくお願いいたします。

【稲川通信35】 江戸遊学

嘉永五年(一八五二)春。継之助は待望の江戸遊学に旅立つ。妻のすがには「なに、川をひとつ渡り、山をひとつ越えれば江戸さ」と言い、すたすたと旅立っていったという。
遊学の宿志は、もとより己れの立身である。己れの人生を、この遊学にかけていた気配が濃厚である。二十六歳の遅い旅立ちだったが、一緒に同行した若い友たちがいた。同藩士永井慶弥(のちの立花逸造)らである。この立花らが、のちに河井継之助の人間像や藩政改革の実際を証言することになる。

継之助らの遊学は、藩庁の許可を得たとはいえ、全くの私費での旅行、三国街道を(のぼ)るにも気概は横溢(おういつ)、気楽なものであったという。

街道の途中、景色の良いところのくると、立ち止まって放吟したり、旅宿で酒を飲んで酌婦とたわむれたりして、壮士が青雲の志を抱くような華やかさがあった。この反対に公費で遊学の途についた友の小林虎三郎などは、悲愴(ひそう)な覚悟で三国峠を越えたという。

継之助は生涯、三、四度、三国峠を越えている。三国峠は、越後・信濃・上野の国境にあることから名付けられた。越後から下れば、そこはまさに異郷。新天地となるか、魔境となるかの境目にあたっていた。二度目の遊学は冬期だったから、信濃路を通って碓氷峠を越えた。文久と慶応に継之助は三国峠を越え、帰郷しているが、そのたびに歴史の天命というものを背負って帰ってきている。

(稲川明雄)

 

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